新学会長あいさつ
社会の大きな変動を前にして ― 学会長としての抱負
諏訪 哲郎
世界と日本の大きな変動
地球温暖化にともなう海水面の上昇や異常気象、生物多様性の減少、人口増大による食料や淡水の欠乏などなど。これらの問題に対して、今こそ、すべての国が、そして私たちみんなが、その解決に向けて知恵を絞り、行動に移さねばなりません。しかし、現時点では世界中を席巻する「資本と科学技術の暴走」や「国家の私利私欲の追求」を制御できていません。
視野を日本に向けると、グローバル化や情報化の進展に加え、人類史上かつて経験したことのない少子高齢化や人口減少が日本社会に押し寄せています。特に地域社会の存続という点で、持続可能性の危機が現実の問題となりつつあります。
このような世界や日本で進行している社会の大きな変動に対して、日本環境教育学会が大きな役割を果たすことが期待されています。
前期執行部が進めてきた学会の法人化をどのように進めていくか。持続可能な地域社会の再構築に対してどのような役割を果たすべきか。次期学習指導要領への文部科学大臣諮問にみられる学校教育の変動にどのように対応すべきか。「国連持続可能な発展のための教育の10年」終了後の新たな行動目標であるグローバル・アクション・プログラムにどのように協力できるか。広島集中豪雨災害などの人災、天災に対する防災教育にどのように貢献すべきか。そして、福島第一原発事故の反省の風化にどう抗すべきか。これらについて新たに学会長に就任した立場から、現時点での認識と抱負を述べていきたいと思います。
学会法人化について
日本環境教育学会は年間1 千万円規模の収支予算を持つ学会で、その活動を法人法に沿って公開することで学会活動の公正さを示す義務があります。また他方で、環境教育の研究・実践のより一層の普及・発展のためには、①研修会開催事業、②教材の開発・刊行事業、などを展開し、その収益を会員の研究・実践への支援や地域での活動支援に活用することも考える必要があります。そのために現在任意団体である日本環境教育学会の一般社団法人への移行は、第14期においても前進させるつもりです。
前期執行部が設置した法人化特別委員会は、2014年秋に定款案を提示し、2015年3月には法人化に対する様々な意見に対して回答しました。しかし、法人化を進める前に解決しておかねばならない課題も少なくありません。支部と評議員選挙の全国選出と地方選出との関係、法人化後の事務局体制、法人化後の健全な収支構造など、一般社団法人への移行前に方針を定めたり、対応を整えたりしておくべき課題が明らかになっています。そこで、今期執行部としては、学会長の下に学会法人化検討ワーキンググループを立ち上げ、法人化に向けた詰めの作業を進めることにしています。
地域における環境教育の活性化に向けて
現在の推移が進行すれば、現在1億2,700万人弱の日本の人口が2060年には8,700万人以下に、そして2110年には4,000万人水準に減少すると推定されています。
今後の一層の人口減少、そして過疎化と高齢化に伴うさまざまな課題は、都市周辺地域でも進行していますが、農山村地域の問題は深刻です。例えば、耕作放棄地が増えた農山村地域ではイノシシやシカ、サルなどの獣害が顕著になっており、獣害が新たな耕作放棄地を生み出しています。本学会としても、新たに「地域環境教育活性化プロジェクト」を立ち上げて、環境教育という観点から地域の再生や地域づくりなど、地域の人々と共に「持続可能な地域社会」を実現するための具体的な取り組みを行う必要があると考えています。
学校における環境教育の活性化に向けて
次期学習指導要領に関する文部科学大臣から中央教育審議会への諮問が2014年11月に出されました。そこには「持続可能な開発のための教育(ESD)」への言及があるだけでなく、課題の発見と解決に向けて主体的・協働的に学ぶ学習を意味する「アクティブ・ラーニング」という用語が4回も登場しています。したがって、次の初等中等教育の教育課程ではアクティブ・ラーニングが大幅に取り入れられると見込まれます。この点では、環境教育はその出発点からアクティブ・ラーニングを学習方法にしっかりと取り込んでおり、学校教育におけるアクティブ・ラーニング重視は、環境教育を学校教育に浸透させる絶好のチャンスであるといえます。
そこで、学会として「学校環境教育パッケージ開発プロジェクト」を立ち上げたいと考えています。学校環境教育パッケージとは、学校教育の現場で、単発ではない、ひとまとまりの環境教育を実践してもらうための、学習目的、学習内容、学習方法等からなるカリキュラム(≒環境教育の学習指導要領)と、その実践に資する教材・教具・指導書等の開発、および指導者養成の研修会等から構成されます。
当面は、小中高のどこかの学年の総合的な学習の時間で活用される学校環境教育パッケージの開発を目指したいと考えています。学習内容としては、環境教育を主軸とした持続可能な社会の構築に関わるものが中心となりますが、地域の活性化や多文化共生などの日本社会が今後直面する課題も含まれます。学習方法としては、アクティブ・ラーニングを十分に取り入れたものとする必要があるでしょう。
ポストDESD、福島第一原発事故の風化など
2014年をもって「国連持続可能な発展のための教育の10年(DESD)」が終了しましたが、ポストDESDに向けて、ESDを強化しスケール・アップさせることを意図して、グローバル・アクション・プログラム(GAP)を進めることが国際的に合意されています。GAPの5つの優先行動分野のうち、特に、教育者の養成、年少者への支援、地域コミュニティの活性化等の面で、日本環境教育学会が積極的に関与して貢献できると考えています。
このような国際的な動向に的確に対応するためにも、海外の環境教育学会、特に交流協定を締結している北米、オーストラリア、韓国、中華民国(台湾)のそれぞれの学会との連携を一層強化する必要があると考えています。
広島集中豪雨災害に対しては、いち早く現地に駆けつけて復旧に向けた活動を行った学会員がいましたが、このような災害に対する支援とそれ以前の防災教育をどのように普及・浸透させていくかについても、今期執行部として取り組むべき課題であろうと思います。
そういった中でも、とりわけしっかりと取り組まねばならないのが、福島第一原発事故に対する反省が風化しつつあるのではないかという問題です。このことにきっちりと取り組まなければ、日本環境教育学会はその存在意義を疑われかねないと思っています。
会員各位のご協力をお願いいたします。
(すわ てつお/第14期学会長・学習院大学)